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11歳のひとり娘を「危険運転」で亡くした父が、法務省検討会に出席する理由(柳原三佳氏)


11歳のひとり娘を「危険運転」で亡くした父が、法務省検討会に出席する理由

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト




父と横断歩道を横断中、赤信号無視の車にはねられ亡くなった耀子さん(遺族提供)


2月21日、法務省は「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」の初会合を開催しました。集まった有識者は10名。その中の一人に、4年前、11歳の娘を「赤信号無視」による暴走事件で失い、自らも重傷を負った父親がいます。波多野暁生さん(46)。彼は今回の検討会にどのような思いで出席し、何を求めているのか。話を伺いました。


■「危険運転致死傷罪」施行から23年、始まった検討会


――飲酒運転や赤信号無視、超高速度など、悪質な運転行為による事故を厳しく罰するため、2001年に「危険運転致死傷罪」が施行されました。しかし、その適用条件はとても厳しく、悪質な行為が明らかでも同罪で起訴されないケースや、起訴されても「過失」として判決が下される事案が相次いでいます。今回、法務省はこうした問題に対する国民の疑問や不満の声を受け、条文の明確化を議題に検討会を始めたわけですが、1回目はどのような流れで行われたのでしょうか。


波多野暁生(以下、波多野) 初回の会議は、2月21日の13時半から開かれました。この日は、座長と9人の委員がそれぞれに自己紹介をし、約1時間で終了でした。


――各委員から具体的な提言などはありましたか?


波多野 今回はまだ本題には入っていません。2回目以降、さまざまな議題に沿って議論が行われることと思います。会議の内容については、2~3週間後をめどに法務省のホームページに議事録として掲載されると思いますので、ぜひご覧いただければと思います。


――波多野さんがこの検討会の委員に選ばれた経緯を教えていただけますか。


波多野 娘が亡くなった事件をきっかけに、危険運転致死傷罪とは何のためにあるのかと疑問を感じた私は、2年ほど前から個人的にさまざまな方に「おかしいのでないか?」と直談判をしていました。やるからには満額回答でなくてもよいから、必ず見直しに繋がる結果を得ねばならないと考えて動いてきました。そのためには、特に学者や政治家の力が不可欠であると当初から考えてきました。


――懸命に動かれた結果のひとつとして、現場の交差点には、防犯カメラが設置されたそうですね。


波多野 はい。防犯カメラの設置については、客観的な取り締まりが促進されて良かったという声もいただきました。また、危険運転の問題を訴え続けてきたことで、元最高検察庁検事の城祐一郎先生(警察大学校講師、昭和大学医学部教授)が『月刊交通』に我々の事件について寄稿してくださったことは、大変大きく象徴的な成果だったと思っています。


――2023年の末には、岸田総理大臣もこの問題について取り組んでいくとコメントされていましたね。


波多野 はい。12月20日に、自民党プロジェクトチームが、岸田総理大臣、小泉法務大臣へ提言書を提出し、私もその席に同席させていただきました。その際に政府としても検討を行う旨を明言していただいたのです。プロジェクトチーム立ち上げ以後は、非常にスピーデイーにこの問題を検討の俎上に載せていただくことができたと思います。もちろん、ここに至るまでには、これまで訴えられてきた多くの被害者遺族の声があってのことだと思っています。



2023年12月、岸田総理大臣と面談した波多野さん(左)と大西さん(波多野さん提供)



――年明け、1月19日には、法務大臣が「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」を発足させると発表しました。その流れで、波多野さんに連絡が来たのですか。


波多野 そうです。法務省から検討会の委員に指名されましたので、お受けした次第です。


■亡き娘との最後の家族写真を公開して訴えた理不尽


――波多野さんは2020年、ひとり娘の耀子さん(当時11)と青信号の横断歩道を一緒に横断中、信号無視の車にはねられるという事故に遭われ、耀子さんは死亡、波多野さんご自身は重傷を負われました。その詳細については、以下の記事で書かせていただきました。

このとき、波多野さんご夫妻は、本件事故のことを一人でも多くの人に知ってもらいたいというお気持ちから、耀子さんのご遺体と一緒に撮られた最後の家族写真を公開されましたね。


波多野 はい。事故からちょうど1年目、娘の命日に、検察から「危険運転での起訴は難しいかもしれない」という連絡があり、どうしても納得できず、柳原さんに連絡を取らせていただいたのがきっかけでした。


――加害者は自ら「赤信号と分かっていて交差点に進入した」と供述していました。


波多野 そうです。記事の中でもお話ししましたが、直進で、しかも赤とわかっていての信号無視による死傷事故が、もしこのまま『過失運転致死傷罪』で起訴されるのなら、『危険運転致死傷罪』という法律が何のために存在するのかが全くわからないと思いました。ですから、私たち夫婦は、大切な娘の命が奪われたこの事故の事実を世の中に広く知っていただき、明らかに危険な運転であっても『危険運転致死傷罪』が適用されないかもしれない交通事故被害者・遺族の苦しみを、最後の家族写真を公開してでも皆さんに伝えたいと思ったのです。


――ところが、記事が出てから1週間後、事態は急転しました。一度は危険運転での起訴を見送る可能性を示唆した検察でしたが、2021年3月末、「赤信号を殊更に無視した」ということで、危険運転致死傷罪で起訴。そして、裁判員裁判で裁かれることになりました。


波多野 はい、結果的に2022年3月、加害者には6年6カ月の実刑判決が言い渡されました。もちろん、懲役6年半という判決は、大切な娘の命を奪われた遺族としては不本意ではありますが、それでも『殊更(ことさら)赤信号無視=危険運転』が認められ、危険運転致死傷罪の成立が裁判所からもしっかり認められたことはよかったと思っています。




波多野さん父娘が信号無視の車にはねられた交差点(筆者撮影)


■被害者遺族が動かねばならないのはなぜ?


――波多野さんは検察から何度も説明を受け、独自の検証結果や弁護士による意見書なども提出されました。被害者遺族が自ら動かなければ、この結果は得られなかったのでしょうね。


波多野 私たちの場合、おそらく、何もしなければ「過失」のままだったと思います。今回の事件で我々が感じたのは、検察に過失で起訴されてしまったら、余程の支援がない限りは、もう何もできないということです。


――これまで私は、懸命に司法に訴えてきた多くの被害者遺族にお話を聞いてきました。しかし、検察官、裁判官にも個人差があり、理不尽な対応をされたケースも少なくありませんでした。本当に問題だと感じています。


波多野 我々被害者には、加害者が起訴される前に、検察に立件の根拠を丁寧に説明してもらう権利があるはずです。しかし、現実にはそれができない方々もおられます。


――たしかに、残された遺族が子どもであったり、被害者自身が重い障害を負っていたりした場合は、訴えることすら難しいですね。


波多野 おっしゃる通りです。そもそも検察に異議を申し立てられる被害者遺族と、そうでない被害者遺族で、司法の判断に格差が生じるのは不公平ではないかと感じました。


――波多野さんの事件は「危険運転致死傷罪」で起訴されました。そんな中、ご自身の裁判が終わってからもこの問題に対して声を上げ続けておられるのは、そうした理由からなのですね。


波多野 はい。もうひとつ、我々の事件でおかしいと感じたのは、「赤信号だとわかって進行しました」と正直に自白する者が重罰となり、「赤信号には気づきませんでした」と、とぼける者が過失犯となって、執行猶予がつくという法律の矛盾です。これは他の類型にも言えることだと思うのですが、こんなことを放置していてよいのか? 私は有識者に問いたいのです。


――そのご意見は、大変公平で重要な視点だと思います。私は波多野さんの事件の刑事裁判を全て傍聴しました。確かに被告は、赤信号無視という悪質な運転行為を裁判の中で素直に認めていました。しかし、危険運転で交通事故を起こした多くの加害者は、少しでも罪を軽くしたいと思うからか、故意性を認めようとはしません。信号無視をしても、「赤信号には気がつかなかった」と供述します。こうした自己保身の言い訳が通り、「過失」として刑が軽くなっているのは確かですね。


波多野 実は、娘が亡くなってから2カ月後、調書作成のために警察官の方と話をする必要がありました。そのとき、発生直後に現場に駆け付けたという警察官の一人が、号泣しながら私に言いました。「交通事故の処分は軽すぎる。この現状を変えられるのはお父さんとお母さんしかいない」と。私は屈強な警察官が号泣することに大変驚きました。彼は一人の人間として、この理不尽に悔しさを覚え、我慢できないのだと思いました。捜査現場で身体を張って仕事をされている方達も、それぞれにジレンマを抱えている現状を、私は座視できないと思っています。そうした現状を変えるためにも、法を見直す必要があるのではないかと、その当時から考えていました。


――そうでしたか、現場に臨場した警察官と、そのようなやりとりがあったのですね。


波多野 とにかく、今回の検討会に際して、私は被害者遺族としての立場から、さまざまな問題を有識者に類推していただきたいと思っています。そのために、これまでどおり根気よく働きかけていくつもりです。



■今回の検討会で訴えていきたいこと


――「危険運転致死傷罪の条文見直しを求める会」のサイトにも書いておられますが、波多野さんが今回の検討会で訴えていきたいことをあらためて教えていただけますか?


波多野 議論が重なるにつれ、内容は変化すると思いますが、現時点で私が強く訴えたいことは、以下の5点です。


①危険運転致死傷罪の創設時(2001年)の5類型(飲酒・薬物、進行制御困難高速度、無技能、妨害、赤信号殊更無視)については、条文表現が今日まで基本的に全く変わっていない。②2001年の立法当時に、悪質危険な運転としての故意犯の類型を創設する際の議論で想定されていたはずの事件が「実際に起きたとき」、今の条文では危険運転致死傷罪が成立しないという悲劇が各地で繰り返されていると理解している。これを放置してよいのか? 当初想定していた悪質危険な運転の取締り漏れが起きないように、条文表現を見直すべきである。③2012年に自動車運転死傷行為処罰法の制定を議論する際の法制審議会において、いくつかの被害者団体がヒアリングを受けている内容が法務省のHPに掲載されている。その内容を見ると、今現在も見直しが求められている問題は当時からほとんど変わっていない。すなわち、条文表現が不明確であるが故に、危険運転の適用を断念した事案の当事者が、その後も生まれ続けているということに他ならない。④飲酒、薬物、法定速度の1.5倍、2倍、3倍の速度による走行、信号看過ではない赤信号無視、これらの運転(危険を認識した上での運転)により、人を死傷させた場合においても、法的にこれを過失(うっかり)と評価されることに、遺族は到底納得できない。⑤条文表現を分かり易くすることにより、立法当初から取り締まるべきと考えられていた事件を確実に起訴し、裁判でその罪を裁けるようにしていただきたい。


――大変具体的で論点が整理されていますね。


波多野 ありがとうございます。いずれしても、空理空論は絶対に避けたいというのが、今の率直な思いです。





■被害者遺族へのヒアリングも


――検討会では被害者団体へのヒアリングなども行われるのでしょうか。


波多野 次回、北海道交通事故被害者の会の方が意見陳述をしてくださるようです。同会のように、長年にわたって地道な活動を続けておられる会が意見を述べてくださるというのは、大変意義があり、ありがたいことです。また、『危険運転致死傷罪の条文見直しを求める会』からも、三重県津市で起こった時速146キロ死亡事故で長男の朗さん(当時31)を亡くした母・大西まゆみさん、そして、滋賀県大津市で起こった飲酒事件(下記の記事参照)で、当時9歳だった心誠(しんせい)くんを奪われたご両親が意見陳述を行う予定です。



ーー危険運転で起訴されなかったケース、遺族が懸命に訴えて何とか危険運転で起訴されたケース、本当にさまざまな事案がありますが、検討会では、被害者遺族の肉声をしっかり受け止めていただきたいですね。


波多野 本検討会には、個人でも意見を寄せていただくことができるのではないかと思います。今回を逃すと次の機会はしばらくはないかもしれません。このチャンスに積年の想いを、有識者の方達に訴えていただききたいと思います。


――検討会の模様は、引き続き法務省のサイトで確認してまいります。ぜひ皆さんの声を届けていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。




■『自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会』出席者(敬称略、五十音順)

【座長】今井猛嘉(法政大学教授)【委員】赤羽史子 (東京地方検察庁公判部副部長)合間利 (弁護士/千葉県弁護士会)日下真一 (警察庁交通局交通企画課長)小池信太郎 (慶應義塾大学教授)橋爪隆 (東京大学教授)波多野暁生 (危険運転致死傷罪の条文見直しを求める会代表)三村三緒 (大阪地方裁判所部総括判事)宮村啓太 (弁護士/第二東京弁護士会)安田拓人 (京都大学教授)

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