東京都立大学の星周一郎教授には波多野個人が2022年7月から様々にご相談をさせて頂いております。
今回、条文見直しを求める活動を始めるにあたって、いくつかのお考えをご示唆下さったので、その一部をご紹介します。(星周一郎教授にはご了解頂いております。)
星先生のお考えの最大のPOINTは「現在の危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪との間に、中間的な「無謀運転過失致死傷罪」を制定することが考えられる。」というもので、いわゆる中間的類型を創設すると言うものです。
中間的類型の創設には賛否はあると思いますが、現行法では補足できない事案があるという問題意識の原点は我々と思いを同じくする所であり、難しい内容ですが、参考になります。
危険運転致死傷罪の改正をめぐる論点(メモ)
東京都立大学法学部教授 星 周一郎
1.3つの疑問点
現在の危険運転致死傷罪に関する疑問点については、以下の3点に集約できる。
①故意行為と過失行為とを「別々に評価」することへの
②危険運転致死傷罪の設定する処罰範囲の妥当性
③危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪との「差」の妥当性
2.①故意行為と過失行為の別々の評価の問題
交通事犯に対する法的評価は、⑴事故が発生する前の段階での評価、⑵事故が発生した段階での評価、という時系列的に異なる2つの場面の別々の評価になっている。
⑴は、道路交通法等(自動車の保管場所の確保等に関する法律〔車庫法〕、道路運送車両法なども含む)での評価となる。すなわち、飲酒酩酊での運転や制限速度違反の運転などは、そういった運転それ自体は事故を発生させているわけではない。しかし、その種の危険・無謀な運転は、事故を発生させる危険性・可能性が高まることを根拠に取締り対象・処罰対象とされている。その根拠法令が道路交通法であり、安全な走行ができる車両の基準を定める道路運送車両法などであることになる。これらは、いわゆる行政法に該当する。
しかし、⑵事故が発生した段階において、それが人身事故であれば、致死傷罪が成立することになる。この犯罪は、現在は自動車運転処罰法であるが、もともと刑法典上の罪であったことからも明らかなように、刑事法に該当する。
そのため、⑴飲酒酩酊運転・制限速度違反の運転をし、⑵人身事故を発生させた、という場合、⑴は酒酔い運転罪(または酒気帯び運転罪)・制限速度違反罪という道交法違反の罪、⑵は、被害者に「故意に」自動車を衝突させたわけではないので、過失運転致死傷罪という刑事法(自動車運転処罰法)上の罪、という、2つの犯罪が別々に成立すると評価し、これらを「併合罪」として対応する、というのが、平成13(2001)年の危険運転致死傷罪制定前までの、すべての交通事犯に対する刑事司法での評価であった。
しかし、国民の一般常識からすれば、「⑴故意に危険な運転をし、⑵結果として人を死傷させた」というのは、一つの行為態様として理解されるものである。こういった場合には、「一つの社会的態様を評価する一つの犯罪類型」を設けることが、国民の常識(規範意識)に適った法的対応である。なるほど場面は異なるが、⑴暴行・脅迫により、⑵他人の財物を不法に奪取する犯罪を、⑴暴行罪・脅迫罪と⑵窃盗罪で別々に評価するのではなく、一つの「強盗罪」という犯罪類型を設けるのと同趣旨である。 危険運転致死傷罪の制定は、そのような「一つの犯罪類型」を設定する「結合犯」を制定するという意味を持っている。
その場合、この「一つの結合犯」として評価すべき場合は、現在の危険運転致死傷罪の定める行為類型だけに限定されるのか、というのが第1の疑問点として指摘できる。
3.②危険運転致死傷罪の意味と、その設定する処罰範囲の問題
「2.」でみたような意味を持つ危険運転致死傷罪であるが、その立法時には、ⓐ運転者の意思によっては的確に進行を制御することが困難状態であることに危険の根拠を求める、運転制御困難類型(酩酊運転型・進行制御困難高速度型)と、ⓑ特定の相手方との関係または特定の場所で高度の危険性を有する走行であることを根拠とする、相関的特定危険類型(通行妨害運転型、赤色信号殊更無視型)の、大きく2つの類型に限定され(以下、これを「前提枠組み」とする)、それに該当する典型例を個別に制限列挙する方式が採用された。これらは、「重大な死傷事故の実態を踏まえて行われたものであり、実務上これまで問題視されてきた危険行為は、いずれかの類型に含まれ得る」という理由に基づく。
ただし、その後、その処罰範囲の「狭さ」に疑問が生じたことから、幾度か法改正は行われている。しかし、その改正は、いずれも上記「前提枠組み」を崩すことなく、その枠内のみで行われている(ⓐについては、いわゆる準危険運転致死傷罪の創設(3条)、ⓑについては、通行禁止道路進行型、通行妨害(あおり)型の追加等)。
もっとも、①でみたような、故意行為と過失行為を「結合犯」として一つの故意犯類型とすることが社会的に適切といえる類型が、上記「前提枠組み」に該当する類型だけであるのか、というのが、第2の疑問点である。
4.③危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪との「差」の妥当性
また、現在、危険運転致死傷罪は、致死の場合の法定刑が最高で20年の懲役、致傷の場合が最高で15年の懲役であるのに対し、過失運転致死傷罪は最高で7年の懲役または禁錮となり、その「格差」は2倍ないし3倍近くにまで及んでいる。
現在も約30万件(令和4年)発生している交通事故に関しては、きわめて悪質なものから不幸の連鎖で生じた軽微なものまで、多様なものがある。しかし、これだけの「格差」のある「2段階」での評価で、これら30万件の交通事犯をすべて適切に評価し尽くすことができるのか、という疑問は生じうる。これが、第3の疑問点である。
5.危険運転致死傷罪の疑問点の解消に向けて
以上のような疑問点のある現在の法制に関して、それを解消するための方策としては、くつかの方策が考えられる。
⒜ 第一の方策として、上記の「前提枠組み」のいずれかに該当する8類型を個別に規定する形態となっている現在の危険運転致死傷罪について、この「前提枠組み」を拡げること、および個別的な制限列挙方式を変更するという方法が考えられる。
もっとも、この方式には、①前提枠組みと個別的列挙を堅持してきた従来の立法経緯を根本的に変更することになる、②依然として「2段階評価」であり、過失運転致死傷罪との格差が大きすぎるままである、という問題を解消することはできないとの弱点は残る。
⒝ そこで、第二の方策として、現在の危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪との間に、中間的な「無謀運転過失致死傷罪」を制定することが考えられる。
これは、現在の危険運転致死傷罪の枠は維持しつつ、「現在の危険運転致死傷罪には該当しないが、なお⑴故意の道交法違反走行(故意犯)と⑵過失による致死傷(過失犯)という別々の評価にはなじまない、一定程度以上の悪質な運転」を「無謀運転による致死傷」という一つの類型、すなわち、「無謀運転致死傷罪(仮称)」という類型を設けるものである。その際には、無謀運転行為の個別的列挙をすることはなく、たとえばではあるが、道路交通法等での反則行為にはとどまらない、などの重大な悪質違反運転を「無謀運転」とし、それによる致死傷に関して、危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪との中間的な評価をする、という方法が考えられる。
このような個別列挙をしない方法については、海外にも立法例はある。たとえばイギリスの「1988年道路交通法」(Road Traffic Act 1988)第1条「危険な運転による致死」が、「道路上またはその他の公的場所で、機械駆動車両を危険な態様で運転し、他人の死を惹起した者(A person who causes the death of another person by driving a mechanically propelled vehicle dangerously on a road or other public place)」を一律に重く処罰する規定を設けていることも、参考になると思われる。
もっとも、それでもなお、処罰範囲の画定という観点から不明確さが残るとの批判は予想される。そのため、危険運転致死傷罪のような制限列挙ではなく、これまで危険運転致死傷罪の成否が争点となり、それが否定された主たる類型を、例示列挙として規定することも考えられる。
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