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法務省検討会(自動車運転死傷行為処罰法)のここまで

【サマリー】

今年の2月から6月までの間に5回にわたって被害者団体のヒアリングを含めた各論の議論がありました。

7月は、アルコールが脳に与える影響や、速度による死傷事故の相関関係、パーキンソン病について、専門家、患者団体のヒアリングを行いました。

9月からはこれまでの議論を踏まえた上で、具体的な法改正の要否等について議論が行われます。


9月はまず、以下の内容について議論が行われました。


①法2条1号(飲酒・薬物)の構成要件の改正の要否 

 具体的には、死傷事犯を起こした際のアルコール検知の数値が一定以上であれば、それだけをもって、危険運転致死傷罪の適用を認めるという法改正の妥当性について、議論が行われました。

ちなみに、法医学者等の専門家によれば、呼気0.25mg/l以上で、知覚域~精神運動域に関連する脳機能に明確な影響が見て取れると言う事でした。


なお、数値のみで適用の可否を判断すると、数値が少しでも満たないものは、危険運転致死傷罪の適用が出来ないと言う不合理が生じるので、その点は、現行法の「正常な運転が困難な状態」という条文でこぼれ落ち無いようにする手当がされることになると思います。

ただし、「正常な運転が困難な状態」という条文表現が今のままで良いのか?については、見直しの要否が引き続き議論される予定です。


②法2条2号(高速度)の構成要件の改正の要否 

 具体的には、一定以上のスピードを超過して死傷事犯を起こした場合は、それだけをもって、危険運転致死傷罪の適用を認めるという法改正の妥当性について、議論が行われました。


なお、速度のみで適用の可否を判断すると、速度が少しでも満たないものは、危険運転致死傷罪の適用が出来ないと言う不合理が生じるので、その点は、別途、実質的な基準を定めた条文でこぼれ落ち無いようにする手当がされることになると思います。

具体的な条文表現は引き続き議論される予定です。


③法2条7号(赤信号殊更無視)の構成要件の改正の要否

 具体的には、「殊更無視」という条文表現が、本来予定していた処罰範囲より、狭い範囲でしか立件しようとしない傾向を助長していると言う批判について、議論が行われました。


④スマホながら運転を危険運転致死傷罪の類型として新設するか?


⑤パーキンソン病を危険運転致死傷罪の類型として新設するか?


10月は、「過失運転致死傷罪よりも重く危険運転致死傷罪よりも軽い罪の新設」について、議論がされる予定です。(いわゆる中間類型の創設)


【個人的な感想】

ここまでの議論に参加するなかで、つくづく感じるのは、刑法学者の方々は、平成13年(2001年)立法時の立法コンセプトを大変大切にされていると言う事である。


危険運転致死傷罪が創設される以前は、交通事犯は業務上過失致死傷罪(以下、業過という)あるいは、道路交通法との併合で処罰する事が実務であったところ、業過での処罰では、結果の重大さと悪質さを十分に捉えていないという世論を受け、新たな犯罪類型を創設するに至った。それが危険運転致死傷罪である。


危険運転致死傷罪は、暴行・傷害による、傷害致死罪に準ずるというコンセプトの基に立法がされた。

立法当時の状況等を鑑みれば、この立法コンセプトは妥当であったのであろう。

しかし、危険運転致死傷罪の要件を満たす「危険な運転」を、法律は、傷害致死罪に準ずるという縛りをかけて規定しており、さらにそこに謙抑性のコーティングを施している。

結果として、一般感覚における「危険な運転」と、法律が構成要件で定義している「危険運転」との間に、大きな乖離が生じている。


令和5年の犯罪白書のP.4によれば、令和4年の認知件数は下記の通りである。

・危険運転致死傷 735件

・過失運転致死傷等 283,147件


単純に上記の合計(283,882件)に占める危険運転致死傷(735件)の割合を出してみると、0.25%と言うパーセンテージが出る。


同様の割合を、令和3年、令和2年で見てみても、いずれも0.25%というパーセンテージが出る。


283,882件とは、要するに人身事故の件数だと思うが、そのうち、司法が危険運転と取り扱うものが、0.25%しかないと言うのは、一般的な肌感覚として少なすぎやしないか。


その少なすぎると感じる大きな要因が、一般感覚の「危険な運転」と、法律が捉えようとする「危険運転」の範囲や性質が全く異なるが故である事は、もはや言うまでもない。


本検討会においても、法律が捉えようとする「危険運転」の範囲や性質を改める事については、一様に反対意見が多く、強力である。


あえて言えば、国民の常識やコンセンサスより、専門家界隈の伝統的なコンセプト護持に重きを置いて議論を進めている気がしてならない。



専門家が頑として「傷害致死罪に準ずる高度な危険性をもつ運転態様」というよくわからないコンセプトにこだわるのであれば、次善の策として「過失運転致死傷罪よりも重く危険運転致死傷罪よりも軽い罪」を新設して頂くほかないと思う。


なぜならば、誰がどう考えても、過失犯として処罰することが妥当ではない事犯が今も頻発しているからである。

(波多野暁生)


大分合同新聞2024年9月20日朝刊

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